OUTSIDE IN TOKYO
Denis Villeneuve INTERVIEW

ワジディ・ムアワッドの原作戯曲「incedcies」にインスパイアされて作られた本作『灼熱の魂』は、文字通り、観る者の心を焼け焦がさずにはいない、恐るべき傑作である。極めて意図的に使われる音楽、レディオヘッドの「You And Whose Army」が流れる中、キャメラのこちら側を強い眼差しで見つめる少年によって、熾烈を極める悲劇の”証人”たることを強制される私たち観客は、ひとりの母親のあまりにも過酷な半生の物語、そして、彼女の子ども達への愛に満ちたミステリアスな”謎掛け”を通じて、”崇高さ”とは何かということについて、素晴らしい芸術作品に触れた時のみに許されるカタルシスを、真の映画的な体験の中で経験することになるだろう。

中東系カナダ人である母親(ルブナ・アザバル)が遺した謎めいた遺言の約束を果たすべく、これを託された双子の姉弟、ジャンヌ(メリッサ・デゾルモー=プーラン)とシモン(マキシム・ゴーデット)は、それまで存在すら知らなかった父と兄を探すべく、中東へと旅立つ。その地で、双子の姉弟は、思いもよらない母親の、そして家族の隠された過去を知ることになる。一つの家族の歴史と、今なお戦争の危機に晒されている中東の暴力連鎖の歴史が複雑に交錯する、ギリシア悲劇にも似たスケール感で綴られる、憎しみの映像叙事詩が観るものを圧倒していく。

1970年代半ばにレバノンを壊滅させた内戦に想を得た原作戯曲の世界観を映画として再構築する為に、2年間を脚本に費やしたというドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、その間も、イスラエル軍によるレバノン侵攻(2006)やイスラエル軍とハマースによるガザ紛争(2008)といった暴力の連鎖が続く中、この負の連鎖を断ち切るには、第三者の力が必要であるという”メッセージ”を、監督自らの出自とも無縁ではない”公証人”という存在を、原作よりも更に目に見える形で物語に介入させることで、原作戯曲の複雑な語りの世界を可視化することに成功した。本作は、映画を観ることの物語的、美学的愉楽を全く損なうことなく、アクチュアルなメッセージを正面から伝えることに成功している稀有な映画である。是非、劇場でご覧になってから、このインタヴューを一読頂ければ幸いである。

1. キャメラを直視するショットは、観客を”証人”として誘い込むためのもの

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Q:非常に重いテーマの映画ながらも、ミステリーとしてエンターテイメントとして楽しめる作品でした。最後の予想もつかない展開にすごく驚かされました。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ(以降DV):私も驚きました(笑)。

Q:本作は世界中で高い評価を受けたと思いますが、監督にとってこの作品はどのようなものになりましたか?
DV:この映画は、ある演劇作品からインスピレーションを受けたものです。この戯曲が、非常に重要な役割を果たしています。非常にパワフルな演劇です。この戯曲を書いたのがワジディ・ムアワッドさんという方ですが、この映画の成功は彼の作品によるところが非常に多い。この映画はとても長い時間をかけて作られましたが、ワジディ・ムアワッドさんが戯曲の中で表現したかったことを、映画を通して表現できるための世界作り、その感覚を表現する、世界観を表現するという難しい行程に多くの時間を要しました。この映画が非常に好評を博しているとすれば、やはり彼の功績が大きいと確信しています。ワジディ・ムアワッドの作品を、日本の皆さんは劇場でご覧になったことがないと思いますが(戯曲「incedcies」は09年に日本でも上演されている)、もし機会があったら、ぜひご覧になって頂きたいと思います。

Q:冒頭のシーンについて伺いたいのですが、子どもがキャメラのこちら側を見ますね。これはこの映画の中でキャメラを見つめる唯一のシーンですが、最初から演出のプランにあったことでしょうか?
DV:はい。これは最初のシーンとして最初から書かれて用意されていたものです。子どものグループがいて、子どもたちが頭を刈り上げている、つまりどこの子か分らないようにするというシーンですね、そして水から出て来た子がキャメラを凄く強い眼差しで見ている。私は、このように登場人物がある的確な段階で観客に向かって直接見つめているというシーンが好きなんです。つまりあなた方に証人になってもらいます、しっかり見て下さいという意味の眼差しであり、同時に自分たちはこういう中にいるからという呼びかけになっていると思うのです。観客を証人として誘い込むという手法ですね。キャメラをこのように直視する手法はかなりのインパクトを与えます。最初にこの無言のコミュニケーションという、片側からだけのものですけれども、訴えかける眼差しがあって、それ以降この人物はずっと出てこないという形になるわけですが、でもそれは実は嘘で、絶えず映画の中に、姿は見えないながら存在し続ける人物となるわけです。こういうショットは一本の映画の中で何度も使えるものではないのですが、私は自分の映画の中では一回づつは使っているかなと思います。こういうショットはやはり観る人を苛立たせるということにもなりかねないわけです。だけど私はそれが好きなんです(笑)。

『灼熱の魂』
英題:INCENDIES

12月17日(土)、TOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー!

監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作:ワジディ・ムアワッド
出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット、レミー・ジラール

2010年/カナダ、フランス/131分/カラー/ビスタサイズ/ドルビーSRD
配給:アルバトロス・フィルム

© 2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) - TS Productions sarl. All rights reserved.

『灼熱の魂』
オフィシャルサイト
http://shakunetsu-movie.com/pc/
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