OUTSIDE IN TOKYO
ANDREAS DRESEN INTERVIEW

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』は、1970年代の東ドイツと、ベルリンの壁が崩壊した1989年から東ドイツという国家が消滅した1990年、そこから1992年までという、一つの国家が消滅する前後の2つの時代を背景に、”東ドイツのボブ・ディラン”と言われたシンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマンの半生を描いた伝記映画/音楽映画である。複雑な時代背景も相俟って、決してわかりやすい映画ではないが、ゴツゴツとしたグンダーマンの無骨な生き様が見るものの心に迫る、見応えのある映画に仕上がっている。とは言え、この映画が、2019年のドイツ映画賞6部門で最優秀賞を受賞しただけではなく、本国では大ヒットとしたということに少し驚かされる。それだけ、グンダーマンという男が、カリスマ性のあるミュージシャン、詩人としてドイツでは知られた存在であると同時に、アンドレアス・ドレーゼン監督が挑んだ彼の人生の”謎”に、多くのドイツ人が関心を抱いていたということなのだろう。

この映画は、主に2つの主題を扱っている。一つがその”謎”であり、もう一つが、一度失われたものを取り戻す”恢復”の主題である。ミュージシャン、詩人として人々に真実を語る立場にあったグンダーマンが、何故、秘密警察シュタージに協力することになったのか?そして、その分裂する自己の内面性と彼はどのように向き合うことになったのか?この”謎”こそが、アンドレアス・ドレーゼン監督が本インタヴューの中で語ってくれた通り、この映画の中核を成す問い掛け、そのものである。だからこそ、この映画はもう一つの”恢復”という主題を必要とした。障壁を乗り越えて成就した妻コニーとの愛、疎遠になっていた、かつて優しかった父親との関係、そして、彼や彼の同胞たちを育んだ東ドイツという”国家”というよりは、その”大地=ランド”への思慕、そうした主題が、アレクサンダー・シェーアが演じるグンダーマンの音楽、詩=歌を通じて表現されていき、映画は、社会の変化の中で翻弄されたひとりの詩人の無骨な魂の肖像画を描き出していく。

それにしても…、私たちはそもそも、日々の暮らしの中で”誤った選択”をした時、その間違いにすぐ気付くことが出来るものなのだろうか?今まさにNetflixで放映されている、アメリカのおぞましい闇を描いた衝撃的なドキュメンタリー作品『サムの息子たち: 狂気、その先の闇へ』(2021)で、カルトに勧誘された若者が、最初は軽い気持ちで、ゲーム感覚で参加しただけだったんだ、と後悔の念を滲ませて語る姿を見るにつけても思うのは、闇への落とし穴は、日々の暮らしの中に、平然と転がっているということである。問題は間違いに気付いた時、人はどのような行動をとることが出来るのか、ということにあるのかもしれない。『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』は、そのことに正面から向き合う勇気を持ち合わせた映画である。

1. 左翼であり共産主義者であった人達が、
 ある日突然、東ドイツという国の敵になってしまった

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アンドレアス・ドレーゼン監督
OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):映画を拝見しました。国を失うという体験は中々経験することのないものですし、描かれていることの背景も複雑な作品ですね。
アンドレアス・ドレーゼン:実際この映画は複雑な話です、私自身は東ドイツで生まれ、大学にも行き、映画も勉強し、26年間東ドイツという国で生活していました。ところが26歳になった時、突然壁が崩壊して自分の国が無くなった、気がついたら全く新しい国にいた、そういう気持ちです。新しいドイツに移住したような感覚がありました。新しい国に慣れていかなければならないという事態を体験しました。

OIT:なるほど。まず、グンダーマンについて私は全く存じ上げていなくて、今回この映画で初めて知ったんですけど、グンダーマンは個人としては一貫して共産主義、マルクス主義の理念を持っていて、それ故に国家主義的であるスターリニズムとは対立していたが、共産主義の理想を信じていたという理解で合っているでしょうか?
アンドレアス・ドレーゼン:仰る通りです。グンダーマン自身は自分の理想としてはマルクス主義、それから共産主義者として自信を持っていたわけです。東ドイツには、グンダーマンだけじゃなくて同じような人達が大勢いて、正義の国、共産主義国家を共同で作ろうと思って努力していた人達が、全てドイツ社会主義統一党の敵にされてしまった。本当の左翼であり共産主義者であった人達が、ある日突然、東ドイツという国の敵になってしまったわけです。その一つの例がグンダーマンですけれども、彼はあくまでも一つの例であって、彼の思想と同じような思想を持っている共産主義者は大勢いたんですが、その人達がこぞって敵になるという悲劇が実際に起きたのです。


『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』
原題:GUNDERMAN

5月15日(土)より、渋谷ユーロスペースほか、全国順次公開

監督:アンドレアス・ドレーゼン
脚本:ライラ・シュティーラー
音楽:イェンス・クヴァント
出演:アレクサンダー・シェーア、アンナ・ウンターベルガー

© 2018 Pandora Film Produktion GmbH, Kineo Filmproduktion, Pandora Film GmbH & Co. Filmproduktions- und Vertriebs KG, Rundfunk Berlin Brandenburg

ドイツ/2018年/128分/HD/シネマスコープ/5.1ch
配給・宣伝:太秦

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』
オフィシャルサイト
https://gundermann.jp
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