『夏時間の庭』

上原輝樹
olivier_01.jpg

オルセー美術館開館20周年企画として美術館の全面協力の下に製作された『夏時間の庭』は、グローバリゼーションの現代における3世代にわたる家族の物語を描き、本国フランスで大ヒットを記録、オリヴィエ・アサイヤス監督の名をフランスを代表する名匠として世界に知らしめる作品となるに違いない。

パリ郊外、かつて印象派の画家達が豊かな田園風景を求めて滞在したイル・ド・フランス地方ヴァル・モンドワの瀟酒な邸宅が舞台。夏の緑豊かな庭に、75歳の母エレーヌ(エディット・スコブ)の誕生日を祝い家族一同が集う。歓声をあげて走り回るこどもたちの身軽さとは対照的に、おとなたちは、エレーヌを中心に、長女、長男、次男、二人の嫁がテーブルを囲んで、あまり快活とは云えない雰囲気を醸し出している。「世界の他の全てはおおかた陽気なのに、何故、人間と犬だけは陰気なのか?」と云ったジル・ドゥルーズの言葉の真意を測りかねるわけではないが、人間にはそれなりに陰気になるべき要因が幾らでも思い浮かぶもので、この美しい庭に集うおとなたちの憂鬱にもそれ相応の理由があることが次第に明かされていく。

グローバル化の現代、長女アドリエンヌ(ジュリエット・ビノシュ)はニューヨーク在住のデザイナー、長男フレデリック(シャルル・ベルリング)は経済学者、次男ジェレミー(ジェレミー・レニエ)は、中国で企業に勤める。彼らがこどもの頃から過ごして来た瀟酒な邸宅も、それぞれの想い出が詰まったインテリアや美術品も全て処分してお金に替えなければ、新たな地で生活の基盤を築くことができない。母エレーヌはこうした事情を察し、長男を密かに呼び寄せ、母の死後、この家と財産を処分するよう諭す。コローやルドンの絵画、ブラックモンの花瓶、マジョレルがデザインした机やドガの「右足の踵を見る踊り子」といった美術品は全て(ルドンのレプリカを除く)オルセー美術館から借り出されたものだが、観客はそこに一級の美術品の威光を見るというよりは、邸宅の生活空間で一家と共に歳月を重ねた家族の記憶そのものを見る思いがするだろう。単なる美術品ではなく、精神が宿っている物を手放さざるを得ないというところが忍びない。そして、何よりも"家族"自体が離散していく。そのプロセスを情感豊かに描く、アサイヤス監督の演出は、感傷過多に陥らず澄みきった透明感を漂わせ、秀逸この上ない。

olivier_s01.jpgアサイヤス監督と云えば、思い浮かぶのは、香港映画のスター、マギー・チャンをスーパークールなヴァンパイヤ役に迎えた映画業界の内幕物『イルマ・ヴェップ』やIT企業とポルノ業界に侵入する産業スパイの役をジャンプ・スーツ姿のコニー・ニールセンが演じる『デーモンラヴァー』といったカルト系のフィルモグラフィ。サウンドトラックには、ソニック・ユース、ブライアン・イーノ、ジョン・ケイル(『パリ・セヴェイユ』)といったロック/ノイズ系のミュージシャンが起用されていた。欧米のアングロサクソン系サブカルチャーをフランス映画に移植することで、世界基準的な現代性を獲得してきた彼の映画は、フランス国内でもメインストリームに位置していたとは言い難く、むしろ、そうしたマージナルな地帯に身を置いて世界のノイズに身を晒してきた作家だからこそ、危うくブルジョア趣味に陥りそうなテーマの本作を、瑞々しい筆致で大胆に描ききることができたのだと思う。

本作の終盤は、アサイヤス監督の先鋭的な作家性と天賦の才である脚本家(※1)としての成熟が見事に結実した白眉となっている。あの夏の時間に家族一同が集った邸宅では、長男フレデリックの娘が学校の友達を大勢呼んでパーティーを開いている。そこには、もはや、祖母エレーヌはもちろん、長男、次男、長女の姿はない。エレーヌの孫の世代の若者たちがプレイするヒップホップが、新春の緑生い茂る廃墟と化したかつての邸宅に鳴り響く。印象派の画家たちが愛した時代の田園風景的な緑よりも更にワイルドに繁茂した森のような緑の中で、グローバリゼーションを経たフランスの若者たちが春のひとときを過ごしている。現代社会におけるひとつの"家族"の物語を洗練された方法で描写し得た類い稀なる傑作映画のエンディングにふさわしく、フランスの映画作家としての原点回帰、ジャン・ルノワールの名を想起させながら、スクリーンいっぱいに映し出された官能的で壮観な眺めが漠とした希望の光を未来に向けて放っている。


『夏時間の庭』について、皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、ご投稿頂いたものを掲載するか否かの判断については、
OUTSIDE IN TOKYO 編集部の判断に一任頂きますので、ご了承ください。





Comment(1)

Posted by PineWood | 2015.05.10

コローの絵画など本物の美術品が家財にある贅沢な庭の広い邸宅。その平安なたたずまいの美。そこで思いがけずに、繰り広げられる家財相続権争いの喧騒と皮相。そこにドラマの焦点がー。アサイヤス監督は敬愛するジャン・ルノワール監督の著作(わが父、ルノワール)など画家と美術品巡る苦心談も参照したのだろう。ある家族の崩壊をシリアスに見つめた点では小津安二郎監督作品(東京物語)にも共通している。
ラストシーンはトリュフォー監督の(日曜日が待ち遠しい!)のラストで子どもたちのカメラのレンズ蓋を蹴り合うゲームみたいで微笑ましく、そして美しい!

『夏時間の庭』
L'Heure d'été

フランス映画祭2009オープニング上映作品
5月、銀座テアトルシネマ他にてロードショー

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス
プロデューサー:マラン・カルミッツ、ナタネール・カルミ、シャルル・ジリベール
撮影:エリック・ゴーティエ
録音:ニコラ・カンタン、オリヴィエ・ゴワナール
美術:フランソワ=ルノー・ラバルト
衣装:アナイス・ロマン、ヨルゲン・ドゥーリング
出演:ジュリエット・ビノシュ、シャルル・ベルリング、ジェレミー・レニエ、エディット・スコブ、ドミニク・レイモン、ヴァレリー・ボヌトン、アリス・ド・ランクザン、カイル・イーストウッド(※2)他

2008年/フランス/102分/カラー/ドルビー/1:2.35
製作:MK2プロダックション
共同製作:フランス3シネマ
参加:オルセー美術館、カナル+、TPSスター
配給:クレストインターナショナル

『夏時間の庭』
オフィシャルサイト
http://natsujikan.net

「オリヴィエ・アサイヤス特集」

『感傷的な運命』レビュー

『NOISE』レビュー

『クリーン』レビュー

アサイヤス監督『夏時間の庭』
 インタヴュー

アサイヤス監督
『クリーン』『NOISE』インタヴュー







※1
父親クリスチャン・ジャックは、アンリ・ドゥコワンやロジェ・ヴァディムの脚本家として知られる。

※2
クリント・イーストウッドの息子、ミュージシャンのカイルが、NY在住のWEBマガジンのアートディレクター役でカメオ出演!
印刷