2011年夏にエクサン・プロヴァンス音楽祭で上映された、ジュゼッペ・ヴェルディ「椿姫」のバックステージ物。"娼婦ヴィオレッタ"を21世紀の現代を生きる生身の人間として息づかせんとする、ジャン=フランソワ・シヴァディエの演出は繊細を極め、ヴィオレッタを演じる世界的なオペラ歌手ナタリー・デセイを追い詰める。それでも"主演女優"デセイは、時に投げ遣りな人間味を辺り一面に撒き散らしながらも、持ち前のバイタリティと技術で、アーティスト同士のエゴが激突する修羅場の中から、自らの"オペレッタ像"を創り上げてゆくだろう。まさに"椿姫ができるまで"、ひとつの作品が生成してゆくさまを見つめるフィリップ・ベジアの辛抱強い視線は、「椿姫」の音楽の魅力のみならず、アレクサンドル・デュマ・フィスの原作戯曲「La traviata」="道を踏み外した女"の現代的なテクストとしての可能性にも目を啓かせ、見るものの気持ちを高揚させる。
ナタリー・デセイと言えば、プルースト原作、ラウル・ルイス監督作品の『見出された時』(98)の素晴らしい「ヴォカリーズ」の忘れ難い記憶と、「椿姫」と言えば、50年代にルキーノ・ヴィスコンティが演出したマリア・カラスの古い録音を探して聴いた程度の思い入れしかない、自分のようなオペラ素人にとって、2012年のロンドン交響楽団(指揮:ルイ・ラングレ)が奏でる音は、どこまでも新鮮に享楽的に響く。今年日本で公開されたドキュメンタリー映画としては『シュガーマン』(12)、『ビル・カニンガム&ニューヨーク』(10)、『キューティー&ボクサー』(13)に並ぶ良作だ。
『椿姫ができるまで』
9月28日(土)、シアター イメージフォーラムほか全国公開
監督:フィリップ・ベジア
出演:ナタリー・デセイ、ジャン=フランソワ・シヴァディエ、ルイ・ラングレ
© LFP - Les films Pelleas, Jouror Developpement, Acte II visa d'exploitation n°129 426 - depot legal 2012
2012年/フランス/112分/カラー/ビスタサイズ/ドルビーデジタル
配給:熱帯美術館