OUTSIDE IN TOKYO
ABBAS KIAROSTAMI Interview

イランの名匠アッバス・キアロスタミ監督が初めて母国を離れて作り上げた長編最新作『トスカーナの贋作』は、イタリアの風光明媚な土地トスカーナ州の小さな2つの街、城壁に囲まれた中世の佇まいを残す美しい街アレッツォと、<命の樹>と<“トスカーナのモナ・リザ”ジョコンド夫人>という美術作品をそれぞれ擁する2つの美術館が存在する南部の街ルチニャーノ、そして、その2つの街を映画的虚構で結ぶ、ジグザグ道を走る車中を舞台に繰り広げられる男女の物語である。

知り合ったばかりの男女とも、長年連れ添った夫婦ともとれる、謎めいたふたりをイギリスのオペラ歌手ウィリアム・シメルとジュリエット・ビノシュが演じ、観客をオリジナルとコピーが錯綜する迷宮の世界へと誘う本作は、“映画”という複製芸術自体がオリジナル/コピーの二元論を無化していることを想起させながらも、芸術作品のオリジナル/コピーの二元論を遥かに超えて、男女の生々しい感情を泉のように沸き上がらせ、観客に映画を観ることの恍惚を今一度思い起こさせてくれる、稀有な作品である。

そんな魔術的傑作を作り上げたキアロスタミ監督に、短い時間だがお話を伺う幸甚を得た。インタヴュー前日、フィルメックスで上映後のQ&Aを拝見し、観客からの質問に対して左程有益なお答えが出来るとは思いませんがと言い放った時の不敵な表情が忘れられず、取材当日は思いっきり緊張して臨むことになったが、そんなこちら側の緊張を察したのか、とても柔和な態度で接してくれた監督に感謝を申し上げたい。

今まさに準備中であるはずの日本で撮影される新作が、日本のあらゆる年代の映画作家たちを刺激してほしいと願いつつ、キアロスタミ監督のインタヴューをお届けする。

1. ジュリエット・ビノシュには遠慮せず台詞を変えていいと伝えていたが、
 一言一句全て脚本の通りに台詞を言った

1  |  2  |  3



OUTSIDE IN TOKYO(以降OIT):『トスカーナの贋作』を拝見しました。とても素晴らしい映画でした。観ているものが迷宮の中に入り込んでしまう、それでいて、そこから男女のリアルな感情が立ち上ってくる、とても感動的な作品でした。
アッバス・キアロスタミ(以降AK):ありがとう。

OIT:“偽物/本物”というテーマは、『クローズ・アップ』(90)の時から監督の中にあったと思うのですが、具体的な男女の話を映画にしようと思ったきっかけ、もしくは思い浮かんだイメージというようなものがあれば教えて頂けますか?
AK:男女関係の話を昔も作った事があって、それからまあスイッチして子供の話を作っていて、また男女の物語に戻ってきたのですが、子供たちの話を映画にする時でも、どこかで男女関係があった上で子供たちの話があると思うし、全て私たちが見るもの、全ての映画にはどこかで男女関係があってからその話が出来るのだと思います。例えば、自然を写している、動物を写しているドキュメンタリーでも、どこかでやっぱり男女関係があってから、そのものが出来ているんじゃないかなと思う、自然が生まれて来ているんじゃないかなと思うのです。

OIT:今回ジュリエット・ビノシュさんが前作『シーリーン』(08)に続いて出演されていますが、監督が脚本を書かれて、その後にビノシュさんが女性のキャラクターを拡張したというような、例えばアドリブを加えたりすることもあったのでしょうか?
AK:最初に、書き上げた脚本を彼女に渡していたのですが、彼女にはもしアドリブで何か言いたいことがあれば言ってもいいよと伝えていました。しかし実際に撮影をしていくと彼女は全然アドリブは言わない。途中で、遠慮しないでいいから、どこかで足したり違うことを言ったりしても全然自由だよって言ったのですが、いや、これ以上は言いたいことはないから大丈夫ですと言って、全て脚本の通りに彼女は台詞を言ったのです。プロの役者というのは脚本の台詞通りに言わないと違和感があったりして、半分は書いてあって後からアドリブを足すということもちょっと遠慮したりとかする、片方はアドリブして、もう一方の役者はアドリブしないというのもお互いに気持ち悪いわけですね。プロ同士が演じている時は、出来るだけみんなその脚本通りに言うんだなということは、今回の作品で感じたことです。


『トスカーナの贋作』
原題:Certified Copy

2月19日(土)より、ユーロスペースにて公開!(全国順次)

監督・脚本:アッバス・キアロスタミ
撮影監督:ルカ・ビガッツィ
脚色:マスメ・ラヒジ
編集:バフマン・キアロスタミ
サウンド:オリヴィエ・エスペル、ドミニク・ヴィヤヤール
セットデザイン:ジャンカルロ・バーシリ、ルドヴィカ・フィラーリオ
製作総指揮:ガエターノ・ダニエル
プロダクション・スーパーバイザー:イワナ・カストラトヴィッチ、クレール・ドルノア
製作:マラン・カルミッツ、ナタナエル・カルミッツ、シャルル・ジリベール、アンジェロ・バルバガッロ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ウィリアム・シメル、ジャン=クロード・カリエール、アガット・ナタンソン、ジャンナ・ジャンケッティ、アドリアン・モア、アンジェロ・バルバガッロ、アンドレア・ラウレンツィ、フィリッポ・トロイアノ、マニュエラ・バルシメッリ

2010年/フランス、イタリア/106分/カラー/ドルビーSRD
配給:ユーロスペース

© Laurent Thurin-Nal / MK2

『トスカーナの贋作』
オフィシャルサイト
http://www.toscana-gansaku.com/
1  |  2  |  3